とある、うつ病患者さんとの関わり①

 私が東京都の精神科に看護師として入職し2年が経ったときとあるうつ病患者さん(以下A氏)を受け持つことになりました。 A氏は容姿端麗で清潔感もあり一見するとどこぞの青年実業家のようでした。あまりかっこよかったのであぁ羨ましいな・・・などと思ったくらいです。

 しかし話を聞いてみるとコロナ禍の影響で仕事が上手くいかず更にはパートナーからのDVなども重なり重度の意欲低下や希死念慮(死んでしまった方が楽なんじゃないかという思考)など辛いうつ症状に苦しんでいました。はじめはベッドから起きあがるのも苦で話していても心は別のところにあるようで短時間の会話で限界という状況でした。

 しかし抗うつ剤による薬物治療が始まると少しずつ感情の波はあるものの活力が戻ってきたようでした(ほんとに薬って大事だなあ)。

 話せる時間が少しずつ増えてきたこともあり、最低でも週に1回はA氏と1対1で話す時間を設けるようにしました。ほんとはもう少し時間を取りたいところですが私が勤めている病院の勤務システム上受け持ち患者さんへの時間が中々取れないのです。

 話しをしているうち、A氏は退院したら就職をしたいと考えているという胸の内を語ってくれました。しかし幼少期の身内の自殺体験を自分と重ねたり、今まで自分がしてきた仕事と違う形の仕事が自分に務まるだろうか、といった不安を抱え葛藤しているということを打ち明けてくれたのです。

 このような話しを聞き、私は楽観的に物事を考える人間なので転職や就職は自分のステップアップやスキルアップにつながる良い機会、寧ろチャンスなのではないかと正直なところ感じました。はじめは自分の正直な気持ちをA氏に伝えましたがやはり「やっぱ自分にはできないと思う・・不安・・」と気持ちに変化は見られませんでした。ここまでマイナス思考なのか・・・と私自身少し戸惑いを感じました。 しかし同時に人の考え方や捉え方は十人十色なのだと思い知らせるきっかけになりました。 先ほども書いた通り私はどちらかと言うと楽観的な考え方で生活してきたせいか一つのことで悩み込んだりストレスを溜め込んだりという経験がほとんどありませんでした。

 そこで私はA氏にどうせ人生100年時代を生きていくなら楽観的とは言わずとも、もっと物事をポジティブに考えられるようになって欲しいと考えるようになりました。

 そのためにはまずA氏の思考の歪みの修正をしていく必要があると考え、私自身も書籍を読み認知行動療法などの勉強をしました。

 思考の歪みとは、その人が育ってきた環境などに起因して刷り込まれてしまった考え方のことです。例えば、ちょっと失敗しただけですぐに怒る親に育てられると「これをやったら怒られるかも、だからやめておこう・・」と、いつも人の顔色を気にするようになるなど、その人が行動が思考によって縛られることなどがあります。

 勉強したこと参考にして、まず初めにA氏へ自らの思考を客観的に捉えるところからはじめましょうとお伝えしました。 客観的というのは、例えば先ほどの「自分にこの仕事が務まるだろうか」という考えはどのような感情に左右されているものか書き出してみることです。

 そうすることでなぜその思考に至ったのかに気づくことができます。A氏には年齢的な不安や焦り、そして自分にはスキルが足りないんじゃないかという不安もあったようです。

 その次にやってもらったことが自分が持っている思考を疑う習慣をつけるということでした。 自分の頭の中は自分だけのものですから凝り固まった思考は自分を傷つけることになりかねません。特にA氏の場合は極端なマイナス思考なので思考するたびに心が不安でいっぱいになっているようでした。

 しかし自分の思考を疑うことで「自分には務まらないのではないか」ということだけでなく「まだやってないのに諦めるには早いんじゃないか」や「やってみたら新しい発見があるんじゃないか」など不安が軽減するような思考が浮んできます。 このように自分の思考に振り回されず、一呼吸おいて本当にその考え方でいいのか?と自分の頭の中を見つめ直す必要がありそうです。

 実際A氏と一緒に考えてみたところA氏には海外留学の経験があり「英語を使う仕事に興味がある」と話されました。はじめは「自分には務まらない・・できない・・」の一点張りだった思考が自分の強みを活かすことへ視点を変えて考えることで少しだけ前向きになれているように感じました。

 そして、次の段階では自分が今できそうなことをリストアップしその中で1番できそうなものをピックアップしやってみるということです。入院生活なのでできることは限られますが、例えば「病院の周りを3周散歩3日継続してみる」や「朝7時に起きてコーヒーを飲む」などあえて手が届きそうな目標を設定して行動してみます。実際に目標が達成できると自信がつきますし自信がつけば考え方も前向きになっていきます。できた!という成功体験が大事なようです。

 実際、A氏は病院内での作業療法(パズルなどの軽作業)に週3回参加することを目標に設定し取り組まれていました。

 

長くなりましたので今回はここまでにします(疲れました)。続きはまた次回。